☆Hanako&Cafe☆
もちろん、Cafe&sweets大好きです! なので、コチラの2冊が現在のところの愛読書(笑) 「あっ行ったことある!」「ここ行きたい!」 行かなきゃいけないお店が多くて大変です(笑)

Hanako
本日発売の ↑ Hanako に、 ち ょぃとだけ 掲載 していただきました~ん♪ 昨日の記事にも書きましたがん 訪問者数 9000000 超えてるって、 す っごいぢゃ~ございませぬかっ ...

HANAKO TOKYO(フェイシャル)
... HANAKO デラックスコース 45分 650バーツ ・HANAKO スペシャルケアコース 60分 1000バーツ ・HANAKO ゴールド 60分 1500バーツ ・HANAKO ジェントルマン 60分 1500バーツ ・HANAKO アフターサン 60分 ...

HANAKOさんのダンス
... この振り付けは、HANAKOさんの相方の方の得意技でしょう」 アレ?イマイチでした?? わたしは音切って、止まったり、そこだけ速くとかアクセントあるの割と得意技なんだけど 流れる ... 「HANAKOさんはむしろ、昼のとか、1個前のooh weeとか」 1個前って ...

HANAKOサンの選ぶ曲
... というと 「HANAKOサンって、ダンサーかと思ってました」と。 は?いつも、地味にダメ出ししてるくせになんで?? 先生からダンス褒めて戴いた事、記憶にありませんが。 「HANAKOサンが、いいってCOPYしてくれるの絶対 ...

1995ベトナム縦断(by ありさん)
旬のベトナムを旅する!「忘れていた元気をとり戻す旅.最後のエイジアンパワー,走り出したベトナム」
1995年4月13日号のHanakoの表紙の大見出しである.今ベトナムに行くと,Hanako を握り締めた日本人の若い女性にたくさん会えるかもしれない!?なんて,不純な動機で我々はベトナム入りを決意した.というのはウソで,GWに出国するため,2月には航空券を確保していましたが,旬を逃すなというのは本当の話.
メコンデルタと豊富な果物,南北統一鉄道,それにアオザイギャル,が今回のメインテーマ.
1995年といえば、8月になってベトナム戦争から20年をへてようやくベトナムとアメリカが国交を回復した。その2年前の1993年に国内の自由旅行が解禁になったという、そんな時代。
当時のベトナムといえば、ようやく発展を始めたばっかり。すごく素朴で、パワーあふれる本当に旬なベトナムを楽しめました。
Hanako編集部もやるなぁ。
その後、旅先であった人の話を聞くとベトナムはしばらくずいぶん観光ずれしてしまい、評判はがた落ちでしたが、最近はどうなんでしょうね。
1995年
28APR NRT-TPE(UA897)
台北泊
29APR TPE-SGN(CI681)
着後バスでミトへ
ミト泊
30APR ミトでメコン川クルーズ
ミト泊
01MAY バスでホーチミン市へ 市内観光
ホーチミン市泊
02MAY 列車でフエへ向かう
車中泊
03MAY フエ到着
フエ泊
04MAY 船をチャーターして観光
フエ泊
05MAY HUI-HAN(VN244)
ハノイ観光
ハノイ泊
06MAY HAN-TPE(VN924)
台北にて休息
台北泊
07MAY TPE-NRT(UA890)
成田帰国
海外部分:HISで予約発券
NRT/xTPE/SGN//HAN/xTPE/NRT [YLPX1M] JPY95,000
ベトナム国内:サイゴンの空港オフィスで予約発券
HUI/HAN [Y2] US$90
【旅行時期】1995/04/~1995/05/
【エリア】
ベトナム
【テーマ】
【投稿者】
あり
インドシナ紀行 をe-travelで(by bloom3476さん)
【期間】2000年5月3日~7日
【航空会社】キャセイパシフィク航空(CX)ベトナム航空(VN)
【行程】 東京―香港(HKG)―サイゴン(SGN)―シェムリアップ(REP)―サイゴン―香港―東京
【費用】①東京―香港 JLのマイルをCXで利用
②香港―シェムリアップ VNの特別運賃HK$3560≒49935円
(復路でSGNでストップオーバーは無料可)
③宿泊費 日程順に支払通貨で表示HKG$870≒12447円
US(22+22+39)=$83≒8960円
一人旅の再開とe-travelの登場
産休、育休という我が家の旅の停止期間が漸く明けたので、久しぶりに一人旅に出かける事にした。 一人旅=辺境OK、それにPassport誌125号掲載の藤田さんの判りやすいレポート等の旅のいざないもあって、私の69番目の世界遺産探訪はアンコールワットに決定! 連休期でもブロックアウトにならないCXの香港行きに、スプリットしてインドシナ半島、ホッピングの旅を組立てる事にしました。 しかし中高年の一人旅。 ガイドブックに喩えれば「地球の歩き方」派でも「LonlyPlanet」派でもさりとて「Courvosier」派でもなく「Fodor,s」派が分相応とする旅人としては出発地においてはコストに厳しく、しかし現地においては「郷に行っては郷に従え」主義で適度にぼられて、彼の地の懐を潤わせながらも、なるべくおおらかに現地の人達と交わるのを信条としているのです。こんな私の個人主義、個人手配にとってInternetは鬼に金棒、打出の小槌でした。
【査証の手配】
ベトナム情報社のHPにてオンラインで個人情報を入力して、招聘状を申し込む(後日3000円を郵便為替)、毎週金曜締め切りで約1週間後に自宅宛にFAXで招聘状が届く、それをベトナム大使館に持参し、その場(4500円)で発給される。 カンボジアのそれは、招聘状の必要は無く、在日大使館に出向き(3000円)で翌日発給される。
【航空券の手配】
香港のYahoo!でTravelAgentを検索して、それらのHPからHKG-REP方面に強そうな代理店を数件選ぶ。それらの代理店に合い見積もりをさせて、TiglionTravel社に決めた。支払いはAMEX決済で3%の追加料金。配送は日本(有料)香港のホテル(無料)だったが、営業中の代理店を見たかったので、会社に出向いて受け取る事にする。
【宿の手配】
旅行者のHPや現地在留邦人のHPから、宿泊先を選ぶ。 予約は現地インフラ事情の差から、カンボジアへはFAX,ベトナムへはe-mailで連絡する。
3 May (wed) 東京晴れ 香港小雨
CX501 NRT10:30—14:30HKG
CXはいい位置に着くので、イミグレ、税関を素早く抜けて、待受けコンコースに出て、構内を左にひたすら進むとREGAL AIRPORTホテルに到着する。ランディングからわずか25分で宿にチェックイン出来る!油麻地にある私の定宿の2倍以上もするが、翌日早朝のフライトの為、おじさんとしては無理をしない事にした。予約はTiglionTravelで申し込む。香港の宿検索ではTOUR ASIA , South Morning China Post でのHPでの割引価格よりも200HKG$も安かった。HPの表示の奥にも、まだ奥の値段はあるものだ。
荷物を置き、早速エアポート、エクスプレスで市内に向かう。 同日の往復運賃は片道運賃と同じ!という(こんな特典誰が使えるのか?と思っていた)特権を初めて行使する。中環駅に26分で着き、地下鉄に乗り換えて湾仔に着く。めざすTiglionTravelは改札から5分で着く至便なロケーションにある。HPに地図も載っているので迷わずに到着。E-mailで話合って来た担当のVicky嬢と初めて面会する。Ticketの券面 ( Farebasis はYLEE1M 額面で HKD6950なので$ 4000位のkickbuckがあるのだろう) を確認して受領サインをする。オフィスは三部屋しかなく、いたってこじんまりしており、従業員は見たところ全員女性のようである。奥の暗い小部屋でWebサーバーが低い唸りをあげている。あんな小さな機械で、これほど簡便な旅行予約システムを全世界に発信しているのは驚きである。わずか10分で用事は終り、街へ出る。 今夜は香港の食ガイドの決定版HPである Kaz&Itaの香港グルメ で挙げられている香港島側の安くて美味しい三大小食を食破する事にした。 先ずは銅羅湾の美味厨へ。4時半なので行列の出来る店もまだすいていた。お目当ての排骨菜飯。ジューシーな排骨とちょっぴり塩味の菜飯のバランスがウマイ!(HK$28) 折角銅羅湾に来たので上海老三陽で中華生ハム(金華ハム)を購入する。続いて上環の九記へ。ここの名物は牛月麺。あの蔡欄も絶賛した、こってりスープに絡めた河麺(細きしめん)がするすると熱く喉をぬける。フー満足、満腹だあ。(HK$28)しかしここから坂を5分降りると皇后大道中に着き、羅富記に行けるのだ!ズボンのベルトを1段緩めてあの香港一美味しいお粥屋さんに到着する。もっともシンプルなピータン瘠肉粥をオーダー。どんぶりになみなみと満たされてあの粥がやって来た。うーんうまいな!わずかHK$16でありながらこの美味しさはなんということであろう。わたしはこの店に来る度にその誠実な仕事ぶりに尊敬を覚える。大いなる満足感と重たい胃をひきずって中環まで歩き100万ドルの夜景を愉しむだけにフェリーに乗って九龍側にわたる。その後、旺角をぶらつき、嘗ての歌舞伎町風混沌の味わいが香港政庁の締付けで一掃されているのに気付いた。九龍城に続いてこの街のカオスが1個づつ整地されていくのを20年来の香港フリークとしては残念に思った。佐敦の九龍駅(エアポートエクスプレス)までタクシーで行き、復券を使って空港の我宿まで戻った。
4 May (thu) 香港曇り シェムリアップ快晴
VN/ CX 767 HKG7:45—9:15xSGN
VN827 SGN 11:30—12:45:REP
香港を発って、サイゴンで乗り換えてシェムリアップ空港
に昼着 ホテル出迎えの車に乗り、フランス風と地球の歩き方に載っていた宿に到着。フランス風の脚注に第一次大戦前の、と加えるべきであろう。アンドレ、マルローが逗留した頃のよすがが偲ばれてこれはこれでいい。空港に両替所が無かったので、どうしたものかと思っていたがUS1$ですべての支払を済ませていける。コンシェルジェの薦めに随い、$4.のバイクタクシーでまずトンレサップ湖まで行く。路半ばからオフロードとなりおしりがサンドバック状態となる。泥の湖に水上生活者の集落や引き網漁の風景が楽しめるそうだが、到着してから
あまり期待できそうに感じられなかったのですぐさま引き返す。アンコールの夕景の方が大事だ。
アンコール遺跡群の共通チケット(US$20≒カンボジア公務員の初任給)は午後4時から翌日の刻印となる。つまり4時まで待てばその夕刻の分は無料となる。アンコールワットはとりわけ夕刻 斜光になってからが美しい時間なので、このプランをお薦めしたい。 私は1979年にジャワのボロブドール遺跡に旅をした。壮大な遺跡であったが白昼うだるような暑さの中で見た思い出よりも、これも世界遺産であるプランバナン寺院の境内で新月の月光の中で観たジャワ舞踊の方が鮮烈な感動として残っている。「はじめに光ありき」 被写体を包む光の選択は最良の刻にしたい。
アンコールワットは皇居のようになみなみと水で潤されたお堀で囲まれている。ちょうど霞ヶ関から三宅坂を通ってイギリス大使館に来たくらいで右折して西参堂に入っていく。ボロブドールとの決定的な差はこのお堀の存在だろう、周囲の緑は緩やかに水辺につらなり、典雅な外郭を成している。
実利的な意味でも、この国を統治する王にとって治水の技が如何に重要であったかをアンコールとその周囲の人口池群は物語っている。バイクのおじさんに「待っててね」と目で云って、私は参堂を進んでいった。ミケランジェロがサンピエトロ寺院のクーポラを半円回廊を潜り抜けてから初めてそのボリュームに出会わせた視覚的ダイナミズムのようにアンコールワットも参堂を進む内に中央塔達は姿を隠してしまう。そして、その西参堂の狭い入口をぬけると、、、 そこに在った!
人類が産み出した建築として最も賞賛を浴びてきた、あの威容が今 私の目の前に! 不思議なことだが、その圧倒的な感動、「ついにこれが視れた」と共に、どこかでこれを見たことがあるというデジャブが起こっていた。それはガウディの創ったサグラダファミリア教会の尖塔とのあまりの類似性であったり、中世以来のキリスト教巡礼者達の祈りが深い海底に沈積していって形作られたようなスペイン北西部のサンチャゴ、コンポステーラ教会の持つ重層的精神性のようなでものあったりした。「ここに来なければ、これは絶対にわからない」と思いました。回廊 壁面レリーフ 中央塔 周囲を取り囲む造園 それらに足を進めながら、ここは過去の栄華の遺跡ではなくて、今も、神への祈りを発信している聖地なのだと感じました。。陽が落ちて、深い旅の満足感に浸りながら、帰路 5つ星のGrand Hotel D,Angkor に寄りました。シンガポールのラッフルズグループが贅を尽くして建てたコロニアルなラウンジでは、洒脱なジャズピアノの音が流れ、深い闇の庭にエメラルド色に浮かぶプールの美しさも相俟って、旅人達を昔、サマセット.モームも見たであろう南国の夢に誘っているようでした。
5 May (fri)
シェムリアップ 快晴
朝 歩いて3分のオールドマーケットの屋台で
この地の代表的な朝食であるクィティウ(きしめん)を食べてから、US$40でチャーターした車で北東40キロにあるバンテアイ スレイに向かいました。75年前にマルローがインディ、ジョーンズさながらに路無き密林を苦労して辿り着いたその地に私はエアコンを効かせた車でわずか40分で到着した、バンテアイ スレイの彫刻は確かにアンコールの遺跡群の中でも抜きん出ていて、、1000年たった今もその典雅な魅力は驚くほど鮮やかだ。西欧でロマネスク彫刻が花開く2世紀も前にクメールの地に、それに匹敵する技量でこのように豊饒な人間賛歌を刻んでいた事に驚いた。ここは光が産まれたての刻(am6~7頃)にたった一人でデバターの女神と対話しに来る場所だと思いました。午後はタ、プローム アンコール、トムを回りクメール王国の栄華を堪能しました。またアンコールワットに行き、夕刻プノン、バケンという聖なる丘に上って大きな大きな夕陽を眺めながらインドシナの旅のハイライトを満喫しました。
6 May (sat) シェムリアップ快晴
ホーチミンシティ(サイゴン) 快晴
VN826
REP13:15—14:30 SGN
翌朝 朝4時半(東京の6時半いつもの起床時間)に眼がさめたので、蚊帳に入ってご就寝だったコンシェルジェ氏(なんとナイトポーターも兼務!)を起こしてバイクタクシー(といってもホテルのあんちゃん)に乗って、サンライズを見にアンコールワットに行く。5:30頃ワットの背後から朝日が昇り、寺院の威容がシルエットになって目の前に浮びあがってきた。これはアンコールを見るのに一番感動的な見方かも知れない。 本当に一瞬のドラマが終わって、オールドマーケットに行き朝食を取った。ついでに市場の中で土産を物色する。 魚の浮き彫りのある青磁の皿(US$15) 木彫の仏像(US$ 60 35)を買求める。11時ホテルを出発、11時30分空港着。噂されていた税関チェックもなく淡々と出発する。2時半ホーチミンシティ、タンソニエット空港に到着する。 大学生の時、サイゴン陥落の記録フィルムで見たあの歴史的な場所に今、私は25年目にして降り立った。グエン、カオキの砦だった空軍基地は、今Hanakoを握り締めた多くの日本の若い女性達で華やいでいた。
その日 サイゴンは解放25周年のセレモニーにあふれていた。
「メーター、メーター」と連呼しながら隣国とはがらっと変って塵一つ無いフォードの新車に乗って市内に向かう。街に入って驚くのはその看板の洗練さである。彼らはタイポグラフィーをフランス人並に修得している。街のインフラは昭和30年代の東京なのだが、看板はパリのチャイナタウンと変らないのだ。20分位でHotelBach-Dangに着く。「ここ 高いよ!、、、」と他のホテルへの勧誘を無視されたた運ちゃんからのご親切な忠告を浴びながら、邦人ビジネスマン達の評価が高く、室数わずか18のこのホテル(Single/US$30)に投宿した。 エレベーターの無い6階建てのそのホテルで案内された部屋は窓のない部屋だったので、バルコニーのあるUS$39/Twinの部屋に替えた。エアコンもバスタブもちゃんとしており、おまけにTVではNHKの国際放送まで受信している。昨日までの戦前のフランス風との間で随分とワープしてきたような快感だ。光が燦燦とあふれたバスルームでシャワーを浴びてから、サイゴンのシャンゼリゼーになるドンコイ通りに向かう。「いってらっしゃいませ」とドアボーイにたどたどしい日本語で云われながらモンスーン気候の町に出ていくのも不思議な感じだ。家庭画報等で紹介されていた店をまわり、セラドン青磁の茶器や食器、リネンなどを求めた。感心する程、美しく又廉価なので、ついつい大量に買ってしまい、あとで空港で測ったらダンボール箱が17Kgにもなっていた。夕食はバイクタクシーに乗って、薦めてもらった海鮮料理の店に行った。テーブルに着くとすぐに炒ったピーナッツ、くらげ、のしイカのオードブルが出てくる。美味しいもの好きの食風土なんだなと期待する。献立は前菜に揚げ春巻き、主菜にメコン河の蟹を生簀から選んで蒸してもらい、当地風に岩塩にライムを絞ったのをつけて戴いた。仕上げを安南風焼きそば(広島風お好み焼きのニョクマム味付けで美味)果物に旬の李、それに飲み物を入れて180,000ドン(約1400円)也のご馳走でした。ベトナム美味なり! うーん やみつきになる!
7 May (sun) サイゴン 快晴 東京 曇り
VN766
SGN10:15—14:00 x.HKG
CX508
HKG16:05—21:25 NRT
南国の強い日差しに目覚める。朝食はホテルの隣の屋台で名物フォー(うどん)を食す。韓国人ビジネスマン達から「オイシイデスカ」と挨拶される。ミントの葉が山盛りでドカンとおいてある。彼等もミントは苦手らしい。鐘路にあったソルロンタン(ソウルの名物朝食)の店の話で談笑する。1杯では少し足りないので隣の屋台に入り違ったスープだしのフォーを食す。目の前のおじさんはカレー味の麺にフランスパンに浸して食べている。こんなのも、ありなんだなあと食いしん坊の国民性に感心する。それから空港に行き、CXのマルコポーロクラブの威光なのか32kgの荷物に文句を云われずに飛行機に乗り、香港経由で小雨降る成田空港に9:30PM私は帰ってきました。